地雷と闘う人々・団体
JCBL事務局 2007/1/31掲載地雷廃絶に向けて活躍している主な個人や団体を(JCBLに関係の深いものを中心に)紹介します。
地雷と闘う個人
ジョディ・ウィリアムズ (Jody Williams)
アメリカ・バーモンド州生まれ。幼いとき、障害をもつお兄さんが他の子供たちにからかわれるのを見て、彼女は不公平なことに反対する活動を始めました。1992年10月、地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)が設立され、初代コーディネータとなりました。
キャンペーンの戦略として、彼女は地雷問題とその全面禁止の必要性を広めていきました。国連、欧州議会、アフリカ統一機構(OAU)など各地で講演を行いました。そして、オフィスやスタッフもなしで働き、ファックスやEメールで多くの情報を流しながら、キャンペーンを支持する6ヵ国1000以上のNGO団体を集めました。そして約5年で、地雷に対する一般市民の関心を高め、対人地雷全面禁止を実現するという目標に到達しました。この努力がノルウェーのノーベル賞委員会に認められ、彼女とICBLは、1997年のノーベル平和賞を共同受賞しました。
北川 泰弘(きたがわ・やすひろ)
東京生まれ。1952年に電気通信省(NTTの前身)入省。1961年からサウジアラビア、カンボジアを始め発展途上国の電気通信サービスの復興、改善、発展に協力する仕事に約40年間従事しました。
1991年にはカンボジアを再訪、その折に、かつてカンボジア電気通信総局で一緒に働いた職員の90%がポルポト政権の恐怖政治で殺されたり亡命していて、わずかしか残っていないことを知りました。1992年、以前カンボジアで共に働いていたNTT、KDD、NHK、郵政省の仲間と共に「プノンペンの会」を設立、地雷犠牲者のために義足を作る義肢装具士のカンボジアへの派遣を始めました。
そして、義足の援助を通じて、地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)の国際的な地雷廃絶運動を知って、日本国際ボランティアセンター、東京YMCAほかのNGOに声をかけ、1997年7月に地雷廃絶日本キャンペーン(JCBL)を設立しました。その後、JCBLを通じて、日本政府が対人地雷禁止条約に署名・批准する過程において、人道的な立場に立つNGOや個人の声をまとめて政府に表明し、強力な働きかけを行いました。
現在もJCBL代表としてICBLとの連絡・調整、内外マスメディア及び地雷問題に関心をもつNGO、個人に対して情報提供、政府への提言等を精力的に展開しています。朝日新聞社主催「朝日社会福祉賞」を2003年に受賞しました。
マーガレット・アラック・オレク (Margaret Arach Orech)
1998年12月22日、ウガンダ北部で、彼女の乗っていたバスが反政府勢力の仕掛けた対戦車地雷の上を通ってしまい、その爆発の衝撃でバスから投げ出され、右足の膝から下を失いました。
ただでさえ地雷によって足を失うことは人生を狂わすほどの事態ですが、5人の子どもを育てるシングルマザーとして家族を支えていかねばならない彼女には、その負担がずっしりと重くのしかかりました。それでも病院で治療を受けているときから、自分と同じような被害にあった人たちがもう一度社会に出て行くための支援の必要を認識し、被害者同士が支えあう仕組みを考えはじめました。
2002年に、ICBLのセミナーに参加してから、何千人もの地雷被害者を代表して、地雷問題の解決のために声をあげていく活動を、ウガンダ国内でも、国際会議の会場でも積極的に行うようになりました。現在は、ウガンダ・ランドマイン・サバイバー協会(ULSA)の代表として、またICBL大使として、世界中に地雷廃絶とサバイバー(地雷被害者)への支援を訴えています。
ソン・コサル (Song Kosal)
ソン・コサルはカンボジアのバッタンバン地方のベベルという町で足を失った女の子です。彼女が12歳のとき、1995年オーストリアで行われた国連のCCW会議の演壇で講演をしました。その時以来、地雷反対の活動を促進してきました。
1998年オーストラリアを訪れた際、子どもたちを招待し、次の世代の子供たちのために地雷のない世界を作るため、Youth Against War campaign(戦争に反対する若者によるキャンペーン)を立ち上げました。彼女がキャンペーンをした国は、スペイン、日本、カナダ、モザンビーク、オーストラリア、カンボジアなどです。オタワ条約の署名式にも出席しました。現在もカンボジア・キャンペーンの一員として精力的に活動しています。
トゥン・チャンナレット (Tun Channareth)
1982年、トゥン・チャンナレットはタイ・カンボジア国境付近で両足を失いました。爆発後、体重を軽くし、友達が30km離れた医療所まで運べるように、自分の足を切り離しました。彼は今カンボジアのシエムレアップに住み、結婚して7人の子供がいます。
彼はカンボジアの農村に適した車いすを作る技術を持ち、村々を駆け回って、自分と同じように身体不自由の人々に車いすを配布したり、壊れた車いすの修理をしています。また、彼は、カンボジア署名運動(Cambodia's petition drive)を始めた4人の退役兵士の1人で、50万以上の署名を集めました。
彼は1997年のノーベル平和賞のメダルをICBLを代表して受け取りました。また、ICBL の大使として、世界をかけめぐり、条約に参加していない各国の政府にオタワ条約に参加するように求め、活動しています。
地雷と闘う団体
International Campaign to Ban Landmines (ICBL)
地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)は、1992年10月、6つのNGO(非政府組織)によって、対人地雷の全面禁止を求める連合体として設立されました。その6つの団体は、ベトナム退役軍人アメリカ財団(VVAF)、ヒューマンライツ・ウォッチ(HRW)、ハンディキャップ・インターナショナル(HI)、メディコ・インターナショナル(MI)、マインズ・アドバイザリー・グループ(MAG)と、フィジシャンズ・フォー・ヒューマンライツ(PHR)です。
現在は、90ヵ国1400以上の団体がICBL傘下で地雷廃絶運動を展開しています。
ICBLは、以下の4項目の実現を目指し、取り組んでいます。
- 対人地雷の使用、生産、貯蔵、販売、移転、輸出を全面的に禁止すること。
- 各国に対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)批准、履行を奨励し、条約締約国の条約の遵守状況を監視すること。
- 人道目的の地雷除去、地雷回避プログラムの支援を強化すること。
- 地雷被害者支援のための人的、物的資源を増やすこと。